見立てのコミュニケーション |
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日本文化には見立てという独特の文化が根付いている。見立てとは、ある物の様子からそれとは別のものの様子を見て取ることである。 見立てには日本独特のコミュニケーション形式がある。見立ては比喩やコピーではなく、それ自体が創造行為である。そして、見えているものと背後に透けて見えているものを見なければ成立しないという特徴がある。ここに私は大いに注目する。 また、アキバに代表されるオタク文化も現代特有の文化のようでいて、日本文化に深く根ざしている。マンガは日本画の線と色の扱いを基本としているし、有名な鳥獣戯画や浮世絵などと結びついていることはよく知られている事実である。 美術の道具にデッサンのための人体ポーズの見本として利用するトルソーがあるが、素体が世の中に製品として出回るようになると、より複雑でリアルなポーズを実現するものとして素体が良質なトルソーとして利用されるようになった。素体自体が芸術家にインスピレーションを与えている事実も見逃せないと感じた。 私は素体を本来の素体としてではなく、見立てのコミュニケーションの基礎となるマテリアルして捉え直した。ボークスやオビツなどから商品として製造された素体をいったん分解し、豊かな見立ての道具としてソタイというマテリアルに還元してみたのである。そして、それらの特性を生かしつ様々なバリエーションで展開するアートとして再構築を試みることで素体アートに挑戦した。 |
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